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個人の信条は自由であるが・・・

2011/05/18 01:16

 

公務員として教職に付く以上、子供に真似をされたら困る行為はすべきではない・・・

国歌斉唱・国旗掲揚を不快と感じることは自由であるかもしれない。しかし、それほどの嫌悪を感じるのであれば、何故、公務員として国から給料を得ることに屈辱を感じないのか理解出来ない。

 

特殊な存在とは思うが、国歌斉唱に際して起立さえしない教師は、昔から良くある、教室で授業を行う前のあいさつ・・・「起立」・「礼」・「着席」というやつ・・・をやっていないのか?それともそれは生徒にやらせているのか?

 

「起立」と言っても、起立するのは生徒の自由・・・「礼」と言っても、礼をするかしないかは生徒の自由で行っているのか?

それとも、国旗や国歌は別だと言って、尊敬も出来ぬ教師に対して頭を下げる行為をよしとしない生徒に対しても、起立し、礼をすることを強要させているのか?

 

そもそも採用時に、こういう教員を排除できないものか?

 

例えば、イスラム教を信仰しているからといって、教職に付くことを希望する者を排除は出来ないであろう。国歌斉唱や国旗掲揚を快く思わないことは信条の自由であり強制できるものではない。

しかし、国歌斉唱・国旗掲揚に異を唱える者や儀礼的行為にすら反感を感じる者については、生徒たる子供に行過ぎた教育を行う可能性もあり、明らかに学校教育の円滑な運営を妨げる可能性があり不適当不適格と言わざるを得ない。

 

例えば、国歌斉唱・国旗掲揚に異を唱える自由というものが仮にあったとして、この自由を自衛官・警察官にも求めるのか?教員だけに認められるものでもあるまい・・・

 

本来は、いちいち、「国歌斉唱若しくは国旗掲揚の際、着席したる公務員は直ちに起立することを原則とする。ただし・・・」みたいな条文で規制規律する行為ではない。

逆に法制化されることで、起立が遅れた者や、いねむり等で起立できなかった者を不当に罰したりするなどの学校内の政治的対立時の武器として使用されることを恐れるのはオヤジだけか?

 

そもそも文部科学省は何をやっているのか?

 

司法も早く基本的な見解を出せないものか?

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